釧網本線 釧路-標茶間を冬季に「冬の湿原号」が走っている。2000年から復活した蒸気機関車「C11171」がこの路線を走りはじめ、ちょっと遠いかなと思っていた矢先、NHKのニュースで見た真っ白な雪の中を走るSLの姿に感動し、絶対行こうと計画を練っていた。2001年になり撮影にゆくチャンスを得て訪問し、完全にとりこになってしまった。この年からは北海道でのもう一台の復活蒸気「C11207」により重連運転とその後、川湯温泉までの延長運転などもあり、大きな自然の残る釧路湿原の中を「エゾシカ」「タンチョウヅル」と共に走るSLの姿をたっぷり楽しませてもらった。 2017年現在「C11207」は東武鬼怒川線に貸出され、元気に走っています。 現役時代に一度行ったきりの釧網線、懐かしい標茶の駅、氷点下の世界を走るSLの姿をお楽しみ下さい。
磐越西線は新潟から郡山の間を運転形式を変えながら主にC57180号が走る。新津-喜多方間は非電化区間で架線もなく阿賀野川に沿って山々の中を走って行く姿は四季折々美しいSLを浮かび上がらせてくれる。、また汽笛の音が山々にすばらしく響くのが大好きである。冬には今では運転がされていないが、郡山-会津若松間をD51498が中山峠を力強く越えていく、感動のシーンを見ることもできた。それぞれ写真でお楽しみください。
1979年より復活運転を続ける「山口線」新山口(旧称小郡)-津和野間を梅小路のC571が新型レトロ客車5両を引っ張っている。C56160(2018年5月引退)をくっつけて重連運転も行われ、さらに2017年からD51200もラインナップに加わり楽しみが増えた。私は復活から20年以上経って初めてここを訪問し路線の魅力を知ることになった。この路線は宮野から篠目にかけての木戸山と龍野岳の山越えが圧巻であり迫力のある登坂を見る事が出来、また津和野-船平山間も長い山越えがあり楽しめる路線である。観光としても「秋吉台」「小京都・津和野」で自然と歴史を見る事ができ、充実した旅が楽しめる最高の路線だ。
58654(8620型)蒸気機関車が、鹿児島本線熊本駅から肥薩線人吉駅までを冬を除く土日を中心に走っており、肥薩線区間の八代から人吉までは川線と呼ばれ、球磨川に沿って路線は走っている、勾配区間はほとんどなく迫力のある走りは見られないが、川に沿っての四季折々のきれいな風景が楽しめる。折り返し駅の人吉は転車台があり、復路も機関車を正方向に向けて走らせることができる。1974年に湯前線(現くま川鉄道)撮影のため、この人吉を訪問しており同じ場所に同じ機関車が停まっている姿を見て、感慨を受けた。大阪からのアクセスは早朝発の伊丹-熊本便か伊丹-鹿児島便で飛びレンタカーにて熊本からは八代まで、鹿児島からは人吉まで高速で走り、国道219号に沿っていく形で撮影可能である。復路は坂本辺りまで撮影可能で、撮影後八代から高速に乗り熊本空港あるいは鹿児島空港より伊丹にいたる。(日帰りでも十分楽しめる)
2014年、JR東日本は観光面からの震災復興支援と地域の活性化を目的として、岩手県に保存されていたC58239を復元し「SL銀河」として釜石線、花巻~釜石90.2kmを2日かけて往復させている。沿線は花巻から徐々に山間部となり起伏に富み、力強いSLの走りが楽しめ、やがて遠野では平野となりのどかな田園風景の中を走る、遠野からは再び釜石に向けて山間部となり仙人峠を越えていく変化に富んだ路線である。列車は宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」をテーマに当時の文化、自然、風景を感じさせる車内となっている。外装はキハ141系を使用しており、自走も可能であり、青を基調とした美しいデザインの車両である
滋賀県湖北地域の観光振興と蒸気機関車の動態保存運転を目的とした列車で、1995年から運転を開始した。 米原駅 - 木ノ本駅間を2往復運転し運行は不定期で。主に梅小路蒸気機関車館のC56160が12系客車を引いて走りますが、C571が牽引する年もある。路線に大きな変化はないが、雄大な琵琶湖や伊吹山をバックに撮影が可能。2018年C56160は老朽化を理由に引退し、D51200が代役を務めている。
静岡県 新金谷駅から千頭駅までの大井川鐵道を蒸気機関車が走っている、また千頭駅から先の両国駅まで井川線を蒸気機関車が走っていた。現在、大井川鐵道はC11227(1976年から運転)C5644、C12164(ナショナルトラスト所有)、C11312(2007,9引退)、C108、C11190が走っており、井川線は蒸気は走っていない。 1975年国鉄から蒸気機関車が無くなろうとしている中、もう身近に見れなくなった蒸気機関車を求めて大井川鐵道を訪れた、このころは井川線を1275型、2100型、クラウス10型が千頭から隣の両国駅まで井川線の側線を走っており。小さいながらも煙を一杯に吐いて力強く走っていた、これを機に何度かこの路線を訪問し蒸気機関車を楽しませて貰っている。
栃木県の下館駅を起点として茂木駅まで41.9kmを走る第三セクター路線。 通年ほぼ毎週走っているのは魅力で、天気さえ良ければ首都圏からも近いため手軽に訪問できるのがうれしい。非電化のため架線がなく、真岡あたりからは北関東の素朴な景色が続きとてもいいところで、小型のタンク機がよく似合う、茂木、天矢場間にちょっとした登り勾配(坂)もあり迫力のある走りが楽しる。
「只見線・会津若松~只見駅間」を当初は真岡鐡道のC11325型・蒸気機関車で走っていたが、2011年7月の新潟・福島豪雨により会津川口~只見駅間は不通となり、2017年現在会津若松~会津川口駅間を走っている。 現役蒸気時代(自分が中学生のころの国鉄)鉄道雑誌で紅葉した只見線の第3橋梁を渡るSLの写真を見て、こんなにきれいな場所に一度は行ってみたいと思っていた。しかし大阪から只見は中途半端に遠いため、すっ飛ばして北海道に行っていた。 会津盆地を走りぬけ会津柳津から只見川の渓谷に沿って走るSLの姿は日本の美そのものです、是非今後も走り続けてほしいと願う。
上越線は群馬県の高崎から新潟県の長岡(宮内)を結ぶJR東日本路線である。高崎を基地とするD51498は主に高崎と水上間をSLみなかみ号として走っており、複線電化区間である。利根川に沿った風景が楽しめる。
信越本線 高崎→横川間を「快速SL碓氷号」が走った時の記録。終点の横川には有名な「峠の釜飯」と「碓氷峠鉄道文化村」があり、SL撮影後は釜飯のお昼ご飯と鉄道のお勉強ができる。D51498は今回ここで初めて対面し、真岡鐵道で小さいタンク機関車の姿を見慣れていたせいもあり、機関車の大きさを感じました。 走行距離は短いが、結構景色も楽しめて良いロケーションだと思う。
埼玉県に秩父鉄道があり熊谷-三峰口をC58363が走っている、現役蒸気時代のC58はいつもデコイチの陰で目立たない存在であったが、細身のボイラー等結構好きだった。この路線は都心に近いことから親子づれの乗車も多く、沿線も変化にとんだ景色が楽しめファンも多い。電化路線で架線柱が気になるが、景色の良さが来る者を楽しませてくれる。
栃木県の北部、日光への入り口近くの東武日光線下今市と鬼怒川温泉駅間を一日三往復走るSL大樹。かつて北海道の大地を走ったSLが、第二の人生を送るべくJR北海道より貸出され、栃木日光の地域活性化のために活躍している。 2017年8月より運転を開始し現在に至っているが、北海道の釧網線、函館本線で撮ったSLをもう一度見たいと思い出かけた。架線の下を走り写真は撮りにくいが、勾配区間もあり坂を登る迫力はSLそのものです。
JR北海道にて1999年、標茶町に保存されていた「C11171」を復活させ休日を中心に留萌本線の深川-留萌間を1往復走らせていた。列車名はNHKドラマのタイトルにちなんで「SLすずらん号」としてすずらんをあしらった結構かっこいいヘッドマークをつけていた、路線は深川から平野部を走り恵比島駅(明日萌駅)から山間部を走り留萌駅に至り、いろいろな角度からSLを楽しめ。今回の旅は混雑を避け、蒸気の出てくる寒さを待って10月末を選び、紅葉の期待もした。しかし運悪く日本海側特有の発達した低気圧嵐に遭遇し、暴風警報の中の撮影となった。悪条件ではあったが、2日間じっくりSLを満喫できるいい旅でした。
2007年2月 千葉ディスティネーションキャンペーンで内房線(千葉-木更津、木更津-館山)をD51498が走った。試運転を含めて沿線はSLを見る鉄道ファン、更にはそれを上回る一般の見物人、にわかカメラマンが沿線を埋め尽くし、大盛況のなか運転は終わった。
2009年「春さきどり」号として房総をC57180が走った。本来はD51498が受け持つ予定であったが、昨年末東北での運転時に機関車の取り扱い上の事故が起き急遽修理に出されための代走である。客車を引く姿は急行旅客用機関車としてのC57がぴったりであるため私はこの組み合わせが好きである。試運転が2/6,7,9,10,11の5日間、本運転が2/13,14,15で試運転を含めてできる限り出かけてみた。本運転14日は異例の暖かさ(25℃)で季節的には完全な冬であるが春さきどりを実感できた
2017年1月「ちょっと一息、房総休日。~春びより~」キャンペーンとして1月14日~15日、17日~19日試運転、21日~22日本運転が行われた。
往路がDL勝浦(館山~勝浦)、復路がSL館山(勝浦~館山)として走り、春日和と言っても凍り付くほど寒い房総路であった。太平洋沿いを走るこの線区については、ほとんど土地勘がないが、できれば海を入れて撮りたいと考えていた。幸い友人の案内で素晴らしい場所から運転最終日に撮ることができた。
「おいでよ房総 春!いろどり」キャンペーンの一環として2013年2月9日から11日まで銚子-佐原間を「DLおいでよ佐原号」と復路を「SLおいでよ銚子号」として運転が実施された。水郷のある風景を取り入れ撮影したいと思っていたが、平坦な路線と小山から見渡せるポイントも見つけられないまま、結局は線路端が多くなった。しかし初めて見るC6120の姿にすっかり惚れ込んでしまい、たくさんのギャラリーとともに目の前を走る大型機関車の迫力を楽しんだ。
2013年に「おいでよ房総 春!いろどり」キャンペーンとしてC6120が走って3年、久しぶりに成田線にSLが戻ってきた。2016年1月21-23日 25-27日試運転、1月29-31日 本運転となり試運転の25日と本運転の最終日に出かけた。3年前の記憶を頼りに撮影に臨んだが、2日ともあまりの寒さに昼頃到着で出かけたため、今回も水郷の風景を考慮した写真が撮れなかった。
新緑の山梨 中央東線の甲府から小淵沢の間をD51498が走った。韮崎から小淵沢にかけては山岳路線となり急勾配が連続しトンネルが存在するため、高崎のD51498は集煙装置を付けることとなった。合わせてデフレクタ(除煙板)も復活蒸気では現在流行りの門鉄デフ(後藤式)が装備され、往年の兄弟機D51499と瓜二つになった。499を知る私に取っては是非とも見に行きたいと思い、出かけることとした。
2004年5月磐越東線を36年ぶりに蒸気機関車が走った。郡山からいわきに向けて真岡鐵道のC11325が受け持ち、路線のほぼ真ん中の「夏井駅」をサミットに東側は夏井渓谷に沿ってのすばらしい景色であり、西側は田園風景の広がる変化に富んだ路線を走った。しかし残念ながら2006年の運転を最後にこの路線でのSLの汽笛を聞くことは無くなった。
2014年水郡線全線開通80周年を記念して、茨城県・沿線自治体と連携し水郡線にSLが走った。過去にC56、C58、C11とイベント列車が走っているが、一度も行くチャンスに巡り合えなかった。運転区間は水戸から常陸大子駅間を上りはDL奥久慈清流ライン号、下りはSL奥久慈ライン号として運転される。 今回の牽引機はC61となり、非電化区間を走るのは初めてのことで期待して出かけた。水郡線は玉川村を抜けたあたりから久慈川に沿って走る風景のいい路線で、かねてから一度はここでSLが撮りたいと思っていた。
梅小路蒸気機関車館で動態保存されているC622は1972年から1973年にかけて数回京都-姫路間をSL白鷺号として走っている。当時は自転車で淀川の鉄橋や神崎川の鉄橋まで写真を撮りに行っていたが、現役蒸気がありのままの姿で走っておりイベント色の強いこの手の列車は興味がなかった、今としてはもったいない話であるが、わずかながらに写した写真をご覧ください。
豊肥本線 熊本~宮地駅間に8620 58654が走っていた。 1974年に人吉で分かれたきりの8620にもう一度会いたくなり、毎年九州にはラーメンと温泉の旅に出ていたものを、汽車撮影の旅に変更し立野のスイッチバックを中心に楽しんだ。立野駅からの33‰の登りは8620には決して楽なものではなく、山々にドラフトを響かせゆっくり登って、3音階のひなびた汽笛の音、美しいスポーク動輪・・・感動しました。
急行ニセコをC62が引いて有名だった路線、残念ながら初めて北海道に渡った時にはすでにSLは廃止されており、復活して一時期走ったこともあるそうであるが、その頃は鉄道趣味から離れており知らなかった。そんな悔しい思いの中、C11ながらかつての名場面の中を走ることに期待して2度訪問した。一度目の訪問は雪景色となり北海道らしい写真が撮れた、2度目は黄葉が素晴らしくこれもいい写真を撮ることができた。
2001年5月から6月の間、函館と森駅の間を「SL函館大沼号」が走った。下りは藤城を回り、大沼線を走り森へ 上りは砂原線を通って仁山周りで函館に戻る、大沼手前では函館を一望する撮影ポイント、大沼以北は雄大な駒ヶ岳を入れての写真を期待していたが、線路周辺は雑木林に囲まれ見通しの利かない場所が多く、ポイント絞りにかなりのロケハン時間を要した。しかしひとたび天候に恵まれると、最高にすばらしい風景を我々に見せてくれ、今回の撮影旅行前半はあいにくの悪天候でしたが、最後の1日は最高の天気をプレゼントしていただいた。
2014年夏、2001年訪問から13年、もう一度行きたいと思いつつ、延び延びになりつい先日JR北海道より函館大沼号、ニセコ号の運行廃止とC11207の廃車のうわさが流れ長距離寝台列車の撮影の合間に最後の姿を撮影に行った。
一旦姿を消した蒸気機関車が再度復活し喜んでいたのもつかの間、10年そこらでのこの発表は残念であった。
梅小路蒸気機関車館は1972年10月10日に日本国有鉄道(国鉄)によりちょうどその頃、日本の鉄道開業100周年と姿を消しつつあった蒸気機関車を保存するため、京都市下京区にある梅小路機関区の扇形庫を活用して開設された。1世紀にわたり、日本の鉄道輸送を支え続けた蒸気機関車を貴重な産業文化財と位置づけ、その動態保存を目的とした日本初の施設である。1987年の国鉄分割民営化にともなってJR西日本が引継ぎ運営されていた。2015年リニューアルのため一旦閉館し、2016年4月29日大阪弁天町にあった交通科学博物館と京都の梅小路蒸気機関車館が京都梅小路に合体して、京都鉄道博物館に生まれ変わった。蒸気機関車のみの展示から鉄道全体の展示になり、鉄道の仕組みがわかる博物館となった