紅葉の時期を狙って貨物列車を山の上から撮ることにした。寒冷前線が通過後、前日までは空気が澄んでいたが、この日は風も収まりもやっとした感じですっきり秋晴れではなかった
三重県の北部を走る三岐線。石灰山から採れる石灰を二両連結の電気機関車が引っ張ります。お彼岸のいい時期に行くと沿線には彼岸花が咲き乱れ、秋のそば畑を入れて写真を撮ることができます
子供のころ最初に見た機関車が、桜島線 安治川口に夕方止まっていたEF66です。とにかく大きくてかっこよかった。その後さらにかっこいいと思った蒸気機関車を撮るようになり、現在に至る。電気機関車は私の鉄道趣味のルーツである
毎年消えていく豪華寝台特急。2015年3月16日ダイヤ改正で寝台特急「トワイライトエクスプレス」が定期運行から消えた。大阪-札幌間を結んだ列車も老朽化と北海道新幹線の開通による運用上の問題で姿をけす。記憶にとどめておくため、わずかではあるが撮りためていた写真を公開します
豪華寝台特急。2015年3月16日ダイヤ改正で寝台特急「北斗星」が定期運行から消えた。東京-札幌間を結んだ列車も老朽化と北海道新幹線の開通による運用上の問題で姿をけす。記憶にとどめておくため、わずかではあるが撮りためていた写真を公開します
2014年3月14日ダイヤ改正で寝台特急「あけぼの」が消えた。上野-青森間を結んだブルートレインも役目を終え、新幹線にバトンタッチする形で国鉄時代の記録が消えた。記憶にとどめておくため、わずかではあるが撮りためていた写真を公開します
「日本海」は1968年10月、大阪~青森間を結ぶ寝台特急として登場した。1988年の青函トンネル開通に伴い、一部を函館発着として運転しましたが廃止となり青森発着となっていた。1975年現役時代最後のSLを北海道に撮影に出かけた際も往路は急行きたぐに、復路は日本海に乗った。この思い出深い列車も時代に波には勝てず、2012年3月16日のダイヤ改正にて定期運航が終わり、繁忙期のみの臨時列車となり、やがては消えていった
大阪周辺の東海道本線貨物列車は本数も多く楽しめます。貨物列車は大阪駅北口の貨物駅発着と、大阪駅を通らずに新大阪から宮原を経て、塚本と尼崎の間にある加島に割り込むルートが存在する。今回はその加島にて通過する貨物列車を狙った
雑誌で見た土樽俯瞰、雄大な景色に一度行ってみたいと9月に訪問したが、登り口が分からないのと雨のため断念し、今回は2度目の挑戦です。前々日の台風で運休が心配されたが、天気も良くいい写真が撮れた。(撮影場所までは一般道路以外は通行していません)
電気機関車が引く夜行寝台列車は年を追うごとに少なくなってきている、東北本線を走る列車も朝の数本となってさびしくなってきた。日の出もだんだん遅くなり朝の列車を撮るのも難しくなってきた
上越線で旧客を使った電気機関車の訓練運転があった。EF60は初めて撮る機関車であるが飾り気のないフェイスが新鮮だった。合わせていつまで走っているのか分からない、夜行列車、湘南カラーの115系も少なくなってきたので撮っておいた
2009年3月のダイヤ改正で廃止される寝台特急「富士・はやぶさ」。東海道線から毎年のように寝台特急が廃止されてゆき最後に残ったこの列車も廃止に決まった。東京から九州へは飛行機・新幹線により一日で行く事ができる時代になり、その使命も終わったかと思われる。最後の姿を追って見ました
EF64を撮りたくて高崎線、信越本線を何度か訪問した。箱型の電気機関車はEF65と並んで好きな形である
「EF55」は、昭和11年に3両だけ製造された電気機関車。戦後は高崎線などで活躍したが、片側だけが先頭車のため、転車台による方向転換が必要など難点が多く、昭和39年12月で営業運転を終了、一度は廃車扱いとなった。昭和53年には準鉄道記念物に指定され、旧国鉄・中央鉄道学園(東京都国立市)や高崎第2機関区で保存されてきたが、昭和61年に動態復元され、イベント列車として高崎-水上間を走行してきたが、部品調達が難しいなどを理由に引退が決まった。
「さよなら列車」は、2008年12月6日に上越線上野-水上間を往復する「EL奥利根」(上りの高崎-上野間を除きEF64との重連)を皮切りに、同月12,13両日に高崎-水上間を往復する快速「さよならEF55みなかみ」▽1月10~12日、信越線高崎-横川間の「EF55碓氷」(下りのみ)と運転され、同月17日の上野-横川間の下り快速「さよならEF55碓氷」(同)18日の信越線高崎-横川(同)の運転で有終の美を飾る。
12月13日と年が変わって1月17日に撮影に出かけ、素晴らしい天気の中最後にふさわしいきれいな写真が撮れた。この機関車は子供の頃図鑑で一度は見たいと思っていたものだけに、今回会えた事はうれしい事であるがそのまま引退は残念である
たまには蒸気を離れて、EF65を撮りたいという事で会社の電釜専門仲間に案内役を買って頂き、近郊でのんびり撮れるポイントに連れて行ってもらった。さすがに昼からは本数も減るため真岡鐵道に転向し、合わせて烏山線のDCを撮って帰った
2005年 東北本線の黒磯以北はED75ががんばっていますが、金太郎さんのEH500に押されて、数が減ってきております。重連編成で走るED75は長大編成の貨物を牽き、迫力があります
1975年4月に最後の北海道の蒸気機関車に別れを告げ、すでに関西からも蒸気の姿は消え去り、対象物を失った私は更に消えゆくものを求めて写真を撮り続けた。この頃「竜華(りゅうげ)機関区」に所属する、EF52(2+F+2) 「2号機」と「7号機」が廃車近しの情報を得て撮影に臨んだ。茶色い塗装でデッキタイプの機関車はEF58を見慣れた私には非常に懐古的に感じた。この珍しい電気機関車の現役からさよなら列車までを追いかけた記録