高校生のころ、この場所でDD51のひく旧客の列車を撮った記憶がある。時はずいぶん流れていつの間にか山陰本線は新線に移行して、ここをDE10が引く観光列車が走るようになっていた。一度取りたかった紅葉の沿線をバイクで狙った
DD51。1973年関西本線からSLを追いやったディーゼル機関車。47年たっていよいよ居場所をなくしそうである。北海道からやってきたDF200が代役を務め、徐々にテリトリーを増やしています。残り少なくなったDD51の姿をまとめてみました
秋紅葉の時期に釜石線を訪れ、そのついでに再びここ岩手開発鉄道を訪れた。前回は台風後の影響もあり運行本数が限られたが、今回はじっくりと撮ることができた。沿線は紅葉真っ盛りで、長安寺のイチョウの木は立派だった。大船渡界隈は2年の間に建物が増えて、着実に復興を歩んでいることを実感した
釜石線撮影の後、釜石から少し南に位置する大船渡に移動した。大船渡の中心に盛駅があり、南リアス線とBRT(バス・ラピット・トランジット)となった大船渡線の接続駅がある。ここにはもう一つ岩手開発鉄道の日頃市線・赤崎線が存在する、以前は旅客扱いもあったようであるが現在は貨物のみの運行になっている。岩手石橋にある石灰採掘所から日頃市駅-長安寺駅-盛駅を経由して、赤崎の太平洋セメントに石灰輸送を行っており、平日日中帯に約1時間に一本の割合で石灰輸送が行われていた
石巻線は、宮城県の小牛田駅から女川町にある女川駅を結ぶ路線で、単線のローカル線である。旅客はキハ40が走っていたが、2015年5月末でキハ110にバトンタッチした。貨物列車は主にコンテナである
釧網本線 知床斜里駅を起点に網走駅まで一日2往復、酷寒のオホーツクを「流氷ノロッコ号」が冬季期間走ります。網走方面向きにDE15機関車が先頭になり、逆方向は運転台のある客車が先頭となり機関車で押します。ゆっくり走る列車の車窓からオホーツクの流氷や雪景色を見ながら、石炭ストーブでスルメイカを焼きます。2016年JR北海道からディーゼル機関車を連結した、この列車運転の終了が宣言され、次年度からはこの形態が見られなくなります。撮っておきたいと思っていたこの列車、2016年の運転スケジュールは2月28日までとなっており、私のスケジュールは2月の28日しか行くチャンスがなく、最初で最後のDL流氷ノロッコ号となった。最後を締めくくるにふさわしい穏やかな晴天になり、きれいな写真を撮ることができた。後半の作品には帰りの飛行機の時間が遅いため日没まで、その他の列車も撮ることができた
太平洋石炭販売輸送臨港線は太平洋の海底下に埋蔵する良質な石炭を掘削し、地上に運びだし、港までディーゼル機関車のひく貨車で運搬します。運転はその日によってまちまちで、訪問時に走るのはまれです。今回は風雪が強かったにもかかわらず、一往復の運行を撮影できた。翌営業日には除雪車の運行をこれもめったに見られないものが撮れた
北海道、函館本線、室蘭本線、千歳線、根室本線を走るDF200機関車。DD51の置き換えとして君臨している
津軽海峡線(青函トンネル)開通により廃止された青函連絡船の深夜便の代替として、1988年に運転が開始された。2012年3月17日のダイヤ改正で「きたぐに」(大阪駅 - 新潟駅)が臨時列車に格下げされたことにより、JRグループでは唯一の定期急行列車となり、なおかつ2014年3月15日以降は、青森駅を発着する唯一の定期夜行列車となった。(ウィキペディアより引用)苫小牧駅を5時に出発する夜行列車のため早起きをしないと撮影できない列車で、早起きは辛かった
カシオペア(Cassiopeia)は、東日本旅客鉄道(JR東日本)、IGRいわて銀河鉄道、青い森鉄道および北海道旅客鉄道(JR北海道)が上野駅 - 札幌駅間を東北本線・いわて銀河鉄道線・青い森鉄道線・津軽海峡線(津軽線・海峡線・江差線)・函館本線・室蘭本線・千歳線を経由して運行する寝台特別急行列車である。 本州と北海道を乗り換えなしで直結する寝台特急列車としては、すでに1988年(昭和63年)から「北斗星」が、1989年(平成元年)から「トワイライトエクスプレス」が運行されていた。これらの列車はいずれも高い支持を得ていたが、さらなる高水準のサービスを提供するフラグシップトレインとして、全客室を2名用A寝台個室とするなど、JR東日本が新規に製造したE26系客車を投入し、1999年(平成11年)7月16日から運行開始した。4日間の撮影行程の中で残念ながら運転日の狭間から一往復しか撮れなかった
北斗星(ほくとせい)は、上野駅 - 札幌駅間を東北本線・いわて銀河鉄道線・青い森鉄道線・津軽海峡線(津軽線・海峡線・江差線)・函館本線・室蘭本線・千歳線を経由して運行する寝台特別急行列車で、食堂車やロビーカー、個室寝台を連結し、「日本初の豪華寝台特急」ともいわれる。 青函トンネル(津軽海峡線)が開業した1988年3月13日に、初めて東京と北海道を乗り換え無しで直行する列車として運行を開始した。 走行距離 1,214.7 km運行する定期旅客列車である
大阪・札幌間を約22時間、ほぼ一昼夜かけて日本海沿いを走るトワイライトエクスプレス。青森駅では牽引車をEF81形からED79形に付け替え、進行方向が逆になって津軽線へと入っていき、更に北海道の五稜郭ではこの機関車をDD51形に付け替え、終点の札幌を目指します。日本で一番長い距離を走る長距離寝台特急「トワイライトエクスプレス」、走行距離は1,495.7km。 この列車が、車両の老朽化を理由に平成27年春の運転をもって運行を終了するとプレス発表があった。青いディーゼル機関車に引かれた列車を、撮りに行きたいと思っていたが、思うだけで行けなかった。運航終了の最後最後の夏に北海道を訪れた、夏至の時期には間に合わなかったが台風の合間の青天の中素晴らしい姿を記録することができた
JR関西本線 四日市駅から日本貨物鉄道が2方向に分岐しており、一本は近鉄名古屋線塩浜駅(昭和四日市石油)まで、もう一本は四日市から太平洋セメントまでの支線となっており、客扱いはありません。ここを今や貴重なディーゼル機関車DD51が走っています。一日何往復か走っており重連もあります、今では見ることのできなくなったタブレット交換シーンも見ることができ、一日たっぷり撮影を楽しめます
城東貨物線は吹田から鴫野を経て関西線百済の貨物駅を結ぶ路線で一部はおおさか東線として旅客運用も行われている。2011年3月12日ダイヤ改正に伴いDD51の運転が終焉を迎えた。30数年前に全国の蒸気機関車路線から蒸気機関車を追い出していったこの赤い機関車も行き場がなくなりつつある
城東貨物線は吹田から鴫野を経て関西線百済の貨物駅を結ぶ路線で一部はおおさか東線として旅客運用も行われている。この路線で淀川にかかる鉄橋が赤川鉄橋と呼ばれ東淀川の淡路と旭区赤川に掛かっている。鉄橋を下から見ると通常の複線鉄橋であるが線路は片側にしかなく、もう片側は板張りの人道橋となっている。徒歩あるいは自転車で走ると結構面白い。一日に数本DD51あるいはDE10の貨物列車が走り大阪市内で見られるディーゼル機関車としては貴重なものだと思われる
八高線は東京八王子から群馬倉賀野(高崎)を結ぶ92kmの路線である。高麗川以北は非電化でローカルムードが漂う。ここをDD51+旧型客車+DD51の訓練運転があったので写真を撮ってきた。
現役蒸気時代には嫌われたDD51であるが今では活躍の場もどんどんなくなり貴重なものへと変化している
飯山線は、長野県長野市の豊野駅から新潟県北魚沼郡川口町の越後川口駅に至る96.7kmの非電化路線である。上越線の貨物撮影を考えている時にふと飯山線が近くを走っている事に気づき、臨時列車(快速 セピア色の飯山線)が走るのに合わせて出かけた。列車はDD16+旧客3両で千曲川、信濃川に沿ってすばらしい景色の中を戸狩野沢温泉-十日町駅間を走った
「セピア色の小海線」DD16+旧客3両で走る秋の臨時列車。この路線でこの列車は良い絵になると思い、寒くなった秋に出かけることにした。天気がいまひとつ良くなかったため八ヶ岳、南アルプスをバックに撮ることはできなかったが、山はすでに紅葉しておりすばらしい写真を撮ることができた